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サンキュー・チュウ

昨夜サントリーホールで井上道義指揮、東京フィルハーモニーの第872回サントリー定期を聴いて来た。東京フィルのサントリー定期を聴くのは久しぶりだった。というのも、もう10年以上ずっと続けていた定期会員だが、2014年末に2015−2016年シーズン定期会員を更新する際、年間会費が大幅に上昇したことや、ここ数年来、業務多忙により年間8回公演のうち半分程度しか聴けなかったことから、会員継続を止めてしまったからだ。

昨夜の井上道義さん(愛称:ミッキー)のショスタコーヴィッチ7番「レニングラード」は実は一昨年7月のオーチャード定期で演奏されるはずだった。井上さんは1999年から2000年にかけて新日フィルでマーラー全曲演奏を指揮していて、その演奏がとても素晴らしく、またショスタコービッチも全曲演奏しており、彼がもっとも得意とする作曲家だ。

その井上さんがショスタコービッチ7番「レニングラード」(ナチスドイツとロシア軍のレニングラード攻防戦を描いた曲)を振るのだから、これはもう絶対聞き逃せない、ということで一昨年のオーチャード定期の一回券を迷わず購入していた。
ところが井上さんは当時咽頭がんに冒されていたため、そのオーチャード定期は桐朋同期の尾高忠明さん(愛称:チュウ)が指揮をすることになった。通常、指揮者が変わっても演目は変えないのだが、尾高さんは、井上さんが病を克服し復帰した際にショスタコ7番を振れるようにとの粋な計らいで、演目をラフマニノフ2番に変更したのだった。

そんな尾高さんと井上さんの深い友情の絆によって実現した昨夜の井上さん指揮シュスタコービッチ7番(タコ7)はもう名演にならないはずはない、と確信していたので、このプログラムが発売されると同時に再度一回券を購入した。

で昨夜の演奏は、それはもうとんでもなく素晴らしく実に感動的だった。
そして昨夜の、もうひとつのサプライズはコンマスが荒井さんだったこと。

荒井さんは昨年5月で東京フィルを退団されていたので、昨夜の定期では三浦さんか近藤さんが弾くのだろうと思っていたが団員が全員入場したあと燕尾服の荒井さんが静かに入場されてきたのでほんとに驚いた。

一昨年井上さんが振っていれば、恐らくショスタコ弦楽4重奏をモルゴーアカルテットで全曲演奏されるなどショスタコが得意な荒井さんがコンマスとして弾くはずだったから、この記念すべき井上さんの復活公演にゲストコンマスとして荒井さんを迎えたのだろう。

さてその演奏は、前プロのハチャトリアンのバレエ音楽「ガイーヌ」から井上さんの本領発揮で
ダイナミックで変幻自在で素晴らしく、2曲目の子守唄を聴きながら、辛かったであろう闘病生活に思いを馳せていたら何故か涙腺が緩んできてしかたなかった。

後半のタコ7はこれはもう期待に違わぬ名演だった。
東フィルの定期の中でも最近にない名演といっていいだろう。
特に荒井さんの全身全霊をこめた弾きっぷりには本当に圧倒された。
ほとんど激しく荒々しい音がずっと続くこの曲のなかでの3楽章の弦のアダージョや後半のビオラのメロディの美しさは特筆ものだった。

終楽章のフィナーレがフォルテッシモで終わるや否やブラヴォーの嵐で観客も熱狂した。

最後に井上さんが再び登壇し聴衆の拍手を静まるのを待って語りだした。
「僕が今夜こうしてショスタコービッチの7番を振ることができたのは、
僕が病気でこの曲を振れなくなった時に親友の尾高忠明が僕のためにこの曲をとっておいてくれたからです」
「サンキュー・チュウ」と言って客席に向かい両手で大きくガッツポーズをし、壇上を去った。

私からも「サンキュー・チュウ」「サンキュー・ミッキー」「サンキュー・荒井さん」(演奏直後の荒井さん、しばし放心状態で涙をぐっとこらえているように自分には見えた)
そして「サンキュー・東京フィル」
あなた方のおかげで昨夜はほんとに素晴らしい音楽を聴かせてもらえとても至福な時間でした。
ほんとうにありがとう。

本日の画像はサントリーホールではなく、
このところライブカメラでの定点観測にはまっている十勝川白鳥大橋の
1月15日朝8時過ぎの映像。
朝日を浴びた日高山脈そして厳しい寒さ(氷点下15度)で十勝川に川霧が立ちこめている。

レニングラードには行ったことがないが、ナチスとロシアのレニングラード攻防の戦いの中でも
当時の戦闘員はきっとどこかで極寒に耐えながら、このような美しい自然の光景を眺めていたのかも知れない。

サンキュー・チュウ_d0010720_639982.png


なお昨夜のタコ7は明日オーチャードでも再演されます。
聞き逃した方は是非オーチャードに足をお運び下さい。

by hideonoshogai | 2016-01-16 15:40 | 東京フィル定期 | Comments(4)  

Commented by ao at 2016-01-18 01:09 x
その曲のこととか、演奏者のこととか、様々な経緯とか、それほどに詳しく解っていらしたら、演奏の聞き方も更に奥が深まって感慨も深まって、内容の濃い聴き方になるのでしょうね。
至福の時間、を過ごすことが出来て、良かったですね。
Commented by hideonoshogai at 2016-01-18 14:51
aoさん、コメントどうもありがとうございます。
ショスタコ7番の4楽章はナチスドイツのロシア軍が勝利するという
壮大なフィナーレで曲が終わります。井上さんも辛い咽頭がんの治療に耐え復帰した訳で、この曲を振る前から、「めちゃくちゃ記憶に残る」コンサートになりそうな予感があったようです。
こちらの最近の書き込みを見てください。
https://www.facebook.com/michiyoshi.inoue.jp/?fref=nf

ほんとうに感動的なコンサートでした。
私は、演奏を聴きながら、これまでの様々な出来事を思いうかべたためか、ずっと涙が溢れてしかたなかったです。
Commented by ao at 2016-01-19 02:50 x
癌というものは、ところかまわず、どこにでも出来るものなのですね。咽頭癌の治療の大変さは、わたしには具体的には解りませんが、身内ににも癌に罹った人はいましたし、わたし自身も罹りかけたことがありますし、癌と聞いただけで、さぞかし苦しい思いをされたことだろうと、遠くに思うことしかできませんが。
教えていただいた書き込みとその周辺、読ませていただきました。
皆さんの意識の高さは凄いですね。友情の深さも。
そして見事な指揮をやりきってしまうプロの凄さは、読んでいて何だか胸が熱くなってしまいました。
Commented by hideonoshogai at 2016-01-19 14:32
がんは髪の毛と爪以外の部位であればどこからでの発生します。
咽頭がんの治療は抗がん剤と放射線治療を同時に行うので、副作用が辛いです。特に、口の中の激しい粘膜炎は必発で食事は
ほとんど摂れなくなるため、胃袋から直接栄養をあたえる管を腹壁に通します。
そんな辛い治療が約半年続きます。治療が無事終了しても再発の不安とずっと戦っていかなくてはなりません。

今日偶然見つけたのですが、こちらのブログに写真付きで素晴らしい感想が書かれています。一番最後の写真、左からコンマス荒井さん、尾高さん、井上さんです。
http://girlsartalk.com/event/20111.html

また今度の24日(日曜)の夜NHKFMで東京フィルではないのですが
昨年11月の大阪フィル+井上さんのライブ演奏からショスタコ7番の1、4楽章が放送されます。
もしお時間がありましたらどんな曲か是非お聴き下さい。
http://www4.nhk.or.jp/bravo/

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